東京に戻ってきて、また慌ただしい日々が再開されました。
18日(金)
朝9時からメインバンクの信用金庫へ。資金繰りの打ち合わせ。
渋谷に出て、銀行で記帳、そのまま井の頭線で吉祥寺へ。
吉祥寺シアターでDVD用のインタビューを収録。
13時から、『ソウル市民』の舞台上で『サンタクロース会議』の稽古。俳優が二人変わるので、旅公演に向けて稽古を進めています。
15時半から、東京都の文化政策について、都側と打ち合わせ。
16時半から17時半まで『ソウル市民1939・恋愛二重奏』の稽古。長い上演の時には、途中で、短時間ですが、台詞の音量などのチェックの意味も兼ねて稽古をします。
19時半『ソウル市民1939・恋愛二重奏』開演。終演後アフタートーク。
実は、本当はこの日からタイに行って、チェラロンコン大学でアンドロイド演劇を上演したり、講義をすることになっていたのですが、洪水ですべての仕事がキャンセルになり、日本にいることになりました。そこで三回のアフタートークが追加になりました。他の回に観劇していただいた方で、もっと早くに知らせてくれればという方もいらっしゃったかと思いますが、このような事情なのでご容赦ください。
19日(土)
10時から11時、文化庁からのブリーフィング。
12時から14時半、文科省にて、鷲田さん、安西前慶応塾長と、復興教育についての打ち合わせ。これまで各自が手弁当でやって来た被災地でのワークショップ活動などが、三次補正で少し形になり、本格稼働するようになります。工学博士の安西先生が「すべての小学校でドラマ教育が必要です。被災地をそのいい先例にしてください」とおっしゃってくださったのは、大変心強かったです。
劇場に戻って15時半から新聞社の取材一件。
この日も三本立て、無事に終了。
20日(日)
11時の劇場でのミーティングに顔を出してから、少し時間ができたので懸案だった眼鏡を新しくする。そうとう視力が低下してきていて、前に検査をしたときに普段かけるのと、近くだけを見る仕事用と二つ作った方がいいと言われていたのだけど、ちょうどお金がなくて作れなかったので、やっと注文。
私は、3歳の時に強度の遠視が発見され、その時の視力は0.1以下だったのを、訓練で1.0くらいまで引き上げたというレアケースです。遠視は成長期に早期発見されると、ある程度は回復するようです。訓練と言っても特別なものではなく、明るいところで、目を疲れさせない範囲で、できるだけ細かいものを見るというものでした。ビーズを糸に通したりとかです。
小学校一年生くらいまでは、分厚い、度の強い眼鏡をかけていましたが、だんだん度も弱くなり、それ以来、だいたい視力は1.0くらいで安定したので、眼鏡はかけなくてもよくなりました。ただ近いものを見るときに疲れてしまうので、その時だけかけるという時期が長く続きました。若い頃の写真で、眼鏡をかけていないものが多いのはそのためです。
医者からはできるだけかけていた方がいいと言われていますが、街を歩くときなどは、かけていないときの方が多いかと思います。
そうはいっても、一日中ノートパソコンを眺めている生活ですから、目によろしいわけはなく、また劇場に入れば、暗い中でパソコンを見て、次には明るい舞台上に目を転じるという作業の繰り返しですから、目にそうとうの負荷がかかっていることは間違いないでしょう。
というわけで診断としては、従来の遠視と乱視に、近視が入っていてきて、近いところも、遠いところも余りよく見えないという困った状態になっているようです。
今回は、久々に度数が上がり、さらに複雑なレンズになっているので、眼鏡の縦の長さが長い方がいいらしく、いままでよりも丸い眼鏡になりました。もうすぐできてきます。
思いのほか、検査や注文に時間がかかって、朝日新聞での「ニッポン前へ」会議に若干遅刻。この日の出席は、大竹文雄さん、加藤陽子さん、萱野稔人さん、神里達弘さん、稲村和美尼崎市長。この会はほぼ同世代(私は、加藤先生と並んで一番年長の方)の集まりなので、気軽に話せて、毎回いい雰囲気で進みます。
会議が予定より早く終わったので劇場に戻る。終演に間に合って、この日は来年『月の岬』の再演に出演予定の内田淳子さんなどが来ていたので、久しぶりに飲みに行く。いわき総合高校のOBの子たちも参加。
この日、連載原稿20枚脱稿。劇場から送信。
11月23日(水・祝)『ソウル市民1939・恋愛二重奏』@吉祥寺シアター
\(^o^)/ゴブ作っす!
「ソウル市民五部作連続上演」も来週末までとなりました。
残り少なくなってきました…。
きょうは、13:00から『ソウル市民』、16:00から『ソウル市民1919』の上演。
どちらも来週の土曜日が最後のステージになります。お見逃しなく。
さて、23日(水・祝)の「ソウル市民4作連続上演デー」の劇場レポート最終、第4弾!
『ソウル市民1939・恋愛二重奏』のレポートを、出演の松田弘子さん(マチコさん)から〜。
というか、マチコさん、この日3本出演…。
ほんとおつかれさまでした(゚д゚)/!
作品ごとに、髪型も、衣装も、もちろん演技も違って…
3回「変身」するのってどんな感じなのかなぁ。
『恋愛二重奏』の次の上演は明日の16:00からです。
お待ちしてます!^^。
* * * * *
松田弘子です。きのう11/23は、「ソウル市民」、「ソウル市民1919」、「ソウル市民1939 恋愛二重奏」と、私が出演している3作品全部の上演がありました。
衣裳を着たり脱いだり、髪を結ってもらったりといたり、スリッパを履いたり脱いだりの一日でした。
スリッパは、ソウル市民シリーズで結構目立つアイテムではないでしょうか。その人物が家族やお客様なのか、使用人か、足もとを見ればわかります。使用人だけ裸足だったり、家族たちとは別の色のスリッパだったり。
ところが。
私は「ソウル市民」と「1919」で堀田律子という、舞台となってる篠崎家のご近所さんの役をやっていますが、この律子さん、「ソウル市民」ではスリッパを履いてなくて、ここんちの奥さんと、
「あれ、律子さん、スリッパは?」
「私、スリッパ、嫌いなんです」
というやりとりをしています。
この台詞は、私のせいで出来ました。1991年に初めてこの役を私がやったとき、スリッパを履いて演技できず(裸足や靴ならいいんですけど、スリッパの不確かな感じが、当時の私には無理でした)、履かないと言い張ったので、お客がスリッパ履いてないのはおかしいからと台詞が追加になりました。
「1919」のときにはもう大丈夫になっていたのでスリッパ履いて稽古していたら共演者に、
「律子さんはスリッパ嫌いなんじゃないの?」
と言われましたが、10年経てば(「1919」は「ソウル市民」の10年後の話)、人間、かわるもんじゃないでしょかね。
そして「恋愛二重奏」では、スリッパを履いて走るまでに成長した(?)私をご覧いただけます。この作品では堀田律子ではなく篠崎家の奥さんの役ですが。
という、ソウル市民シリーズとスリッパと私、のお話でした。写真は「恋愛二重奏」海津忠。使用人スリッパです。











