朗読

 すべての初日があいて、別の意味で忙しい日々が戻ってきました。
 ワークショップ、講演会、打ち合わせ、ミーティングの繰り返しです。
 昨日、一昨日は、富士見市の小学校でのモデル授業でした。小学校五年生です。

  今日からは大阪大学の授業も再開します。

 先日、フェスティバル/トーキョー主催の朗読会「賢治の祈り」もありました。
 依頼を受けたときから、ボランティアでやるのだから、自分の一番苦手なことをやろうと考えて、『グスコーブドリの伝記』を朗読することにしました。思いのほか長く、時間配分が上手く行かなかったかもしれません。
 他に読んだのは、『農民芸術綱要概論』『雨ニモマケズ』、井上ひさしさんの『イーハトーブの劇列車』『賢治に聞く』でした。
 『農民芸術綱要概論』は、『ソウル市民・昭和望郷編』で、賢治の国柱会との関わりに絡めて、たくさん引用をしています。「宮沢賢治は、あと五年長く生きていたら、戦争協力の詩を書いただろうか?」というのは、私の20代からのテーマです。『ソウル市民1939・恋愛二重奏』の中で歌われる『万歳ヒットラーユーゲント』が、北原白秋の作詞であることを思うと、その思いはさらに深まります。

  しかし、朗読は、大変疲れました。もう二度としないでしょう。

 『ソウル市民・昭和望郷編』は、13日(日)13時の回は売り切れ間近。14日(月)の19時半の回がお薦めのようです。
 新作二本も、団体観劇などがあり混んでいる日もありますが、本日10日(木)『ソウル市民1939・恋愛二重奏』、11日(金)『サンパウロ市民』がお薦めのようです。

 ぜひ、おいでください。
 


11月7日(月)なにもない空間からの朗読会/平田オリザ『賢治の祈り』@吉祥寺シアター

ヽ(゚Д゚)ノ休演日あけ!ゴブ作っす。
今日は16:00『ソウル市民1939・恋愛二重奏』、19:30『サンパウロ市民』の2本です。(サザエさんの予告みたいかも…)
当日券アリだから、吉祥寺シアターへGo!

休演日の前日、7日(月)は、『ソウル市民1919』の上演の前に、現在開催中のフェスティバル/トーキョー11の関連企画「なにもない空間からの朗読会」として、オリザさんのリーディング&トークが行われました〜♫
自ら朗読って、珍しい機会ですよね。

こちらに当日のUstreamの映像がアーカイブされているので、いまからでも観れます!\(^o^)/ぜひどうぞ。

その様子を制作の野村政之さんからレポートしてもらいまーす。

* * * * *



どうも、制作の野村です。

おととい7日に、フェスティバル/トーキョー(F/T)11「なにもない空間からの朗読会」で、『賢治の祈り』と題したリーディング&トークが行われました。

この企画は、東日本大震災へのチャリティを目的に、入場無料、2009年から始まったF/Tにこれまで参加した日本のアーティストがそれぞれリーディング公演を行って、終演後に募金をつのる、というような感じのものです。

オリザさんはF/T09秋に『ユートピア?』(作・演出:平田オリザ、アミール・レザ・コヘスタニ、シルヴァン・モーリス)、F/T10にアンドロイド演劇『さようなら』(脚本・演出:平田オリザ/テクニカルアドバイザー:石黒浩)で参加しました。

僕はこの企画、黒田育世さん、松井周さん、相模友士郎さん、松田正隆さんの公演も拝見しました。それぞれの作家がそれぞれの発想で上演を行っていて、実はけっこう見所のある企画だな、と感じてました。(12日(土)の夜に勅使河原三郎さんのものがあってそれが最後です。もしよろしければどうぞ)

オリザさんは、宮沢賢治にフォーカス。オリザさん自身が読むのは珍しいですよね。
僕も初めて聞いたんじゃないかな。

まず最初に『グスコーブドリの伝記』を読みました。「まあこういうときは一番はずかしいことを」とかオリザさんはおっしゃってましたが、たしかにちょっと面白くて(笑)、平田「オリザ」の命名のもとになっている作品。
「オリザ」という単語がでてくるたびにピピン!と反応してしまう自分(笑)。

宮沢賢治の童話(?ほんとに童話なのか…といつも思ってますが)は、ひらがなで、平易に書かれているようで、けっこう酷い話が多いので、ぐさっときます。このときも、聞いていて、キッツイなぁ、と何度も思いました。でもそこが好きです。

続いて『農民芸術概論網要』を読みました。
このテキストは、『ソウル市民 昭和望郷編』の台詞で一部引用されています。賢治が意図したベクトルとはだいぶ違うのかなぁと思いますが、芝居の中で観るのと、賢治のテキストとして聞くのではけっこう印象が違いましたね。

そのあと、井上ひさしさんの『イートハーボの劇列車』の一部と、有名な詩『雨ニモ負ケズ』を読みました。

朗読の合間合間に、オリザさんからの解説というか、トークがはさまっていました。
戦前に創刊された同人誌『歴程』にオリザさんの祖父が関わっていたことや、その時代の雰囲気のこと、賢治は生前に駒場を訪れていたという話。
これらの話の底流にあったのは、「賢治があと5年長く生きていたとして、戦争を擁護する文学を書かなかっただろうか」という、作家・平田オリザの問いでした。



賢治、オリザさんに限らず、僕自身も高校生の頃から、繰り返しこの命題を自分に問うているような気がしています。まあ我田引水もいいところですが。

僕の高校時代は、部活(将棋)と文化祭のためにあったようなものでして。それで、僕は文化祭を自分たちの表現の場としてキープしようと奮起していて、結果的に生徒会長までやることになったんですが。
その頃からちょくちょくもたげてくる問いです。

なんか外部からの圧力(高校のときは「大学受験実績/現役進学率」を背景にした職員会からの文化祭縮小圧力だったんですけど)、なんか一方向的な「空気」みたいなものがあったときに、それに対して自分は、流されずに立てるだろうか、と。

大学で演劇を始めてからもよく、考えます。差別的な価値観をまき散らしていないか、とか、プロパガンダになっていないか、とか、スペクタクルで人間を騙していないだろうか、とか。
いま僕は制作をしていますが、大学時代、作・演出をやっていたこともありまして、その時分には、考えすぎて「なぜ演劇が始まるのかわからない」というところまでイッてしまったこともあります(苦笑)。

でも、そういうことを考えることは、大事なことだと思うんですね。
(いまだったら原発とかのことでしょうか)


今回の新作2本は1939年を舞台としています。

その3年前、1936年には、ナチス・ドイツ政権下のベルリンで戦前最後のオリンピックが開催されました(1940年と1944年は中止)。
このオリンピック、僕が最初に思い浮かべるのは、孫基禎というマラソンランナーです。
次が、その記録映画『民族の祭典』『美の祭典』。映画の歴史に残る問題作として有名です。

孫基禎は、アジア人として初めてオリンピックのマラソンで金メダルを取りました。
そして「日本人選手としても」初めての金メダルマラソンランナーです。
朝鮮語の新聞・東亜日報は、孫基禎の写真の、ユニフォームの国旗部分を黒く塗って掲載して、停刊処分になりました。
…うーん。

一方『民族の祭典』『美の祭典』は、1935年にニュルンベルク法を制定し、すでにユダヤ人差別を開始していた国のオリンピックを記録した「最高に美しい映画」。(僕はかいつまんでしか観たことがないのですが)
…うーん。

「ソウル市民五部作」は、一貫して、これらのことを問題にしています。
大事な演劇だと思います。


それにしても、その3年後を舞台にした演劇を書くというのは、大変なことにチャレンジしたものだなぁ。
僕はまだ『ソウル市民1939・恋愛二重奏』の本番を観ていないのですが(ゲネプロは観ました)、さて、どういうふうに見えるのかなと、ちょっと怖いくらいです。

ぜひ劇場にお運びください。