千秋楽の日
今日は、昨日と打って変わって朝から快晴。
午前中、埼玉に住んでいる姉が、小学校の同窓会の打ち合わせとかでうちに来る。
吉祥寺へ。朝から楳図かずお先生を、街でお見かけして、気合いが入る。
劇場へ。すでに当日券待ちのお客様がたくさん。
13時、『ソウル市民1939・恋愛二重奏』開演。15時終演。
16時『サンパウロ市民』開演。18時終演。
無事、全公演を終了しました。
いまは、バラシ(舞台装置の片付け)の時間で、私はやることがないので控え室でこの文章を書いています。
あと30分ほどで打ち上げが始まります。
六週間の公演を通じて、ずっと考えていたことは、演劇とは何と時間のかかる仕事なのだろうということでした。もう三十年も演劇をやっていて、そんなことは充分に分かっていたつもりだったのに、それを今回、さらに痛いほど実感しました。
バブル期に書かれた『ソウル市民』は22年目の上演を迎えました。
『ソウル市民1919』は、初演から十年で、やっと、作品としてのはっきりとした輪郭を持ち始めました。
『ソウル市民・昭和望郷編』は、もう少し書き換えられる部分があると、今回の公演を通じて気がつきました。
『ソウル市民1939・恋愛二重奏』は、次回公演の時には、大きな構成の変更を行う予定です。
『サンパウロ市民』の実験は、まだ始まったばかりです。
たとえば『ソウル市民・昭和望郷編』は、2006年、ホリエモン騒動の記憶も新しい中での上演でした。観客の多くは、登場人物たちの喧噪を、IT長者たちの末路と重ね合わせて観ていました。しかし、いま、そのような感覚はもうありません。アフタートークにお招きしたエコノミストの水野和夫さんからは、「よくこれをリーマンショックの前に書きましたね」と褒めていただきました。
強い同時代性を持つ作品は、やがて作家の意図を離れて、少しずつより大きな普遍性を獲得し、熟成していきます。
この作品群が、全体として一つの普遍性を獲得するには、きっとまだまだ、長い時間がかかることでしょう。できれば、それまで演劇を続けていたい。
それにしても、五部作一挙上演、延べ十時間あまりの時間を共有し、何事かにたどり着く(あるいはたどり着かない)という行為は、なんと贅沢なことでしょう。
この最高に贅沢な時間を、私たちはこれからも提供していきたいと思います。
本当にありがとうございました。
何枚か、写真を別に載せます。
10年毎の『ソウル市民』
(前回からの続き)
―あの、二部作⇒三部作⇒五部作っていうふうに眺めてみたらどうだろう、と思うんですけど、どうなんですかね。
松田:『昭和望郷編』には私たち3人とも出てなかったからね。
志賀:俺、三部作の時は、日程の都合でひとつも出てないんだよね。
―あ、そうでしたか。
志賀:だから10年ぶりで。
山内:これは、「バカ企画」ってのがあって。なんか無茶なことをやろうみたいな流れがあって…三本立てもバカ企画、五本立てもバカ企画っていうね。
志賀:こんなバカ企画あるか、って。
山内:…ん?いま微妙になにか…ダジャレだったの?(笑)
志賀:いやいや(笑)面白いから、乗ってんだけれども。
山内:バカ企画をやると、それが前提になっちゃう、デフォルトになっちゃう、っていう。
松田:筋肉の可動域が、無理かけると広がるっていう。
―そんな感じですよね。
志賀:そのうちあれじゃない?リクエスト公演とかやればいいんじゃない?(笑)
松田:ああ(笑)「えーと…きょうは、『1919』で~す!」とかね。
―(笑)で、楽屋から「お疲れ様でーす」って帰る人が出てきたりして。「今日は出番ないな」って。
松田:みんな来といて。あれもいいですね、前『ソウル市民』韓国語もやったから、「きょうは韓国語で」とか。
志賀:そうそうそう(笑)
―五部作全体としてはどうですか?
松田:堀田由美子(印刷屋の娘)が、鄭亜美(1919)→
志賀:観てて『昭和望郷編』で堀田さんの娘夫婦が満州に行ってたのが、今回『恋愛二重奏』で帰ってきて、「ああよかったね」って思ったけど(笑)
―(笑)ああ。
松田:そうそう(笑)。私は今まで『ソウル市民』『1919』では近所の人だったけど、『恋愛二重奏』で初めて篠崎家の人になって、それが違うし。でもそうするとさ、自分が全部考える以前に、作品の歴史があるから、これに乗っかってっちゃえ、みたいなのがある。
―ああ、潮の流れがある、みたいなね。
松田:直接的に、
志賀:堀田さんのあれはね、観ててすごく切なくってね。
―なんか変な夢みたいだな、と思って。フラッシュバックじゃないんだけど、部分的にその人の記憶がある、みたいなのが、ぽっぽっぽっとつながって出てくる。
松田:同じ人物なんだけど違う俳優がやってるとか。違う人物なんだけど、同じ俳優がやってて、なんとなくつながってるとかの感じが面白い。
志賀:『サンパウロ』でも「戦争で危なくなるから、日本に帰る」っていう。こっちはその後のこと知ってるから、「沖縄には帰んないほうがいいよ」「そっちのほうが危ない」っていう。そういう切なさっていうかな。その人の運命っていうか、その人の選択だから、仕方がないんだけど。「危なくなるから日本に帰る」ってのはね、なんともいえないね。
松田:そういうのってやっててジレンマみたいなのはないですか?
山内:それはないんだけど…「人生の答え合わせ」みたいなことが、俺たちの年齢だといっぱい起きてくるじゃないですか?「ああ、こんなだったんだ、俺の未来は」っていう。そういうふうな切なさを強く感じちゃうのは、「俺、歳だなぁ」と思うけどね。
松田:あの、『恋愛二重奏』でもさ、ヒトラーユーゲント(偽)とかが来てさ「万歳ナチス」とかって、やるんだけど、やっぱりさ、手を挙げるのにさ、すごい抵抗感があるんですよ。
山内:おれブライアリーが手を上げた時にさ、びっくりしたね。
松田:アルノーがさ、『鳥の飛ぶ高さ』の時にさ、
いですか。「ハイルヒットラー!」
山内:ああ、「ものすごい抵抗感があります」って言って。
―へー、なるほど。
志賀:まあ、稽古の最初のほうで、みんな挙げ方バラバラだったけども(笑)
(続く)










